スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書籍紹介

最近読んだ本の紹介をします。
くじけないで

99歳になるという柴田トヨさんの詩集です。
100歳に近くになる方ですので、その生きてきた時代などに多くの違いがあると思ったのですが、詩集を読んでみると、過去の自分に重なったり、将来の自分に重なるのかな?と思ったり。

詩集ですので、1ページの活字量は多くありませんので、10分もあれば一通り目を通せます。
しかし、その後1回読んだだけではなくちょっとした気分転換などで、数回読みました。

喧騒とした日々のなかでのちょっとしたオアシス・・・でしょうか。
スポンサーサイト

相続を考える

映画プロデューサーの角川春樹氏(69)が、40歳年下の歌手・ASUKA(本名・山田友美=29)と極秘結婚していたと、角川氏の長女でライターの角川慶子さん(37)が27日にインターネットサイト「探偵ファイル」で明かした。角川氏は過去に5回の結婚、離婚歴があり、今回が6度目の結婚となる。
慶子さんは角川氏との事実確認はできていないとした上で「子供の私からすると、ASUKAは死に神にしか見えませんよ」と不快感をあらわにしている。一部省略スポーツ報知

民法でいうところの相続分。
相続人が配偶者と子供2人の場合、配偶者1/2・子供それぞれ1/4の相続分となります。

角川さんが資産がどのくらいあるかや、子供が何人いるかは知りません。角川さんが再婚しなければ基本的には子供たちの数での均等分が相続分となるはずです。そこへ急に現れた女性。これは長女の気持ちもわかる気がします。

こんなことがありました。
結婚して5年ほど。夫は若くして(30代)で亡くなってしまいました。子供はいませんでした。でも夫の親は存命です。この場合の相続分は配偶者2/3・親1/3となります。

親にしてみれば20年以上苦労して育てた息子が早逝してしまいその心労は想像できないほどです。しかも現民法の相続分は婚姻期間などは関係ありません。子供がおらず、結婚して20年間とても仲の良かった夫婦も、結婚期間数年で別居中の夫婦でもその相続分は同様です。

角川さんの長女の思いとこれは同様のものでしょう。
変な言い回しですが、長女は30年以上親子関係があります。
そこへ急に現れた新たな相続人。不信感持っても仕方がないですね。

同様に、20年以上苦労して育てた息子の財産が、結婚2,3年の配偶者のほうに多くを相続させる今の相続分にも不合理さを感じます。特に夫の厚生年金の遺族年金を妻がもらえる事を考えるとなおさらそう思います。

本日の話題

政府の要請を受け運転停止中の中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)から半径10キロ圏に位置する同県牧之原市議会は26日、「確実な安全・安心が担保されない限り、永久停止すべきだ」との決議案を賛成多数で可決した。西原茂樹市長も本会議で「直下型の東海地震が起きる可能性が高く、永久停止は譲れない」と表明した。県、御前崎市など中部電と安全協定を結んでいる地元5自治体の中で「永久停止」の意思表明は牧之原市が初めて。以上毎日新聞

原発に関する意見は色々あります。

・将来の子供たちの世代を考えて廃止すべき
・廃止により経済活動が停滞し国際的な競争力が落ちる
・いつでも原爆に転用できる技術を保持することにより抑止力がある

まあ代表的なところではこんなところ。このうち、最初の意見は左のほうから聞こえてきます。2番目3番目は右の方から聞こえてきます。
まあ、右の私としては、後者の方かなあと何となく思っていました。でも最近ちょっと考え方が変わってきました。人類の将来を考えた場合、電力消費は増えることはあっても減ることはない。そう思っていました。電力の消費量は2007年までずっと右肩上がりだったそうです。しかしこの15年間ほどで見ると石油・ガス電気を含めたエネルギー消費量はずっと横ばいでした。オール電化、IH化などによりそれまでガス石油で賄っていた消費を電力が取って代わっただけのようです。その取って代わった分を原発に依存しているという状況です。

冒頭の浜岡原発の永久停止処分の決議案が地元の市議会で可決されたというニュース。これを聞いてやはりホッとしている自分がいます。本当に安全だったら原発を東京に作ればいい。そうでないならやはり原発は廃止しなくてはなりません。既存の既得権益などと日本人の将来を引き換えにしてはなりません。それでなくとも今年の夏、電力は足りました。多くの国民の節電の意識はありましたが、東電は過剰電力を関西などに廻していたほどです。島国日本人のDNAにあるはずの倹約の精神。また、新たな発電の研究開発などで原発は不要にしていかねばなりません。最近そっちの方向へ考えが変化してきました。


ツーリング

3連休、金土曜日と友人とツーリングに行ってきました。群馬県と埼玉県の境を例によって林道ツーリングです。
関越道新庄児玉インターを降りて国道462号線を西南へ。71号経由で御荷鉾林道へ。、御荷鉾林道で水を沸かしカップラーメンとウインナーの昼食をとり再出発。予定ではそこから八倉峠を経て上野大滝林道へ行くつもりが、道を間違えたのか違う方面へ。泊まりの予定だったので、朝の出発が8時半と遅くうろうろするうちに午後4時を過ぎてしまいました。泊まりの予定とはいっても今回は宿を決めない行き当たりばったりツーリング。4時半くらいから、スマホの楽天トラベルで、現在地に近い宿で空きがあるところを2人で検索。10キロほど離れたところにある塩沢温泉のやまびこ荘に予約。5時に予約して5時半に宿に入るというヒヤヒヤもんの宿泊となりました。それでも温かい食事と風呂に満足し翌朝8時半に出発。昨日間違えた道の確認をしに行きましたが、どうしてもわからず今回はあきらめて、そのまま当初の予定の上野大滝林道へ。ここへ行く道も途中で間違えて、林道どころか、ものすごいあれた山道で砂利道を上り、すぐ左側は急斜面で落ち込んでおり、ハンドル操作を間違えて転落したら命にかかわるほどのところです。沢を超えたと思ったら行き止まり。げっ・・・今来た道を戻るのかよ・・・っと恐怖に駆られながらもなんとか脱出。ふーおっかなかったーww。でもこのバイク(オフロード車)だから何とかなるんだよねと友人と苦笑い。間違えた道を戻って今度は正しい道へ。上野大滝林道を上っていき、天丸トンネルをくぐると、パイプで通行止めになっています。そこをちょっといけないとおもいつつ乗り越えて先をみてみると何んと道一面にがけ崩れ。こりゃーいくらなんでもここは通れないわ。記念にここでパチリ。画像が小さく荒くてごめんなさい。ww天気がいいのでそこでまたカップラーメンのお昼としました。
天丸トンネル付近


その後予定のルートをいくつか断念して帰りは中央道八王子インターから帰路へ。6時40分着。近年まれに見ない疲れ方でした。でも大いに楽しめたかな。

台風ウオーキング?

昨日の台風により路線など欠航が相次ぎました。かくいう私も早めに帰ろうと思い6時少し前に事務所を出ました。そのまま大森駅に行くと台風の影響で運転見合わせ。

再開のめどは立っていないということです。平行して走る京浜急行も運転見合わせ。さてどうしようかと考え、大井町行きの路線バスがあるというのでバス乗り場まで行くと、人の列が50メートルくらい連なっています。冗談ポイよ。こんなのに並んでいられるか!ってことで、こうなったら歩いてやろうと思いました。

幸い風は強いが雨は殆ど降っていない。足早に池上道路を大井町方面へ。20分で大井町につきました。多少の汗をかきましたが、強い風がそれを癒してくれます。大井町からゼームス坂を下って第一京浜に合流するともうそこは新馬場です。第一京浜沿いには3/11を思い起こさせるように帰宅のために歩いている人が多くいます。

そのまま八ツ山橋を超えて品川駅前。自宅まで1時間かかるかかからないかでした。
思いもよらないウオーキングとなりましたがいい運動になりました。

自宅まで歩いて帰る道・道で気になることが。風にあおられてダメになった傘があちこちに捨てられています。多くは安いビニール傘です。品川駅前に歩道橋があるのですが、その歩道橋の階段を上った所にも何本ものビニール傘が捨てられていました。折れた傘の骨がむき出しになった状態です。こんな台風の日には風でその壊れた傘が飛ばされて下の道路に落ちることもあり得ます。折れた傘の骨が人に当たれば大けがをする可能性もあります。

外に出ていきなり強風で傘をだめにされ雨でずぶぬれになったのは同情しますが、どうか同じ捨てるのなら駅や自宅まで持って帰ってから捨てるなどしてほしいものです。自分の何気ない行動が誰かを大けがさせるかもしれないのですから。

煩雑な東電の賠償書類

枝野経済産業相は20日、東京電力福島第一原子力発電所事故の賠償請求手続きについて、「分厚い書類でひんしゅくをかっている。私もあぜんとした。東電を厳しく指導したい」と述べ、東電に請求方法の改善を求める考えを示した。東電は今月、被害者向けに請求書類一式を発送し、社員による説明会も始めた。ただ、東電の賠償請求書は60ページで、記入方法を説明した「補償金ご請求のご案内」は156ページに及ぶ。過去の給与明細やホテルの領収書などの添付も必要で、請求書以外にも「同意書」などの必要書類が複数ある。専門用語も多く、高齢者などから戸惑いや不満の声があがっている。以上読売新聞

こういった記事をみて多くの人が思うこと。「被災者に余分な負担を強いる」、「もっと簡潔にしてさっさと賠償に入るべき」、「被災後のドタバタで領収書など準備できない」、究極的には「速やかに弱者を救済すべき」などといったところでしょうか。

もちろん私自身はこの賠償請求書をみていません。手引書が156ページに及ぶのは大変そうという印象はあります。しかし経産相がいう「厳しく指導したい」というのはどういうものか。

会計税務の仕事に携わる身としてはたとえば領収書の添付を要さないなどとなれば信じられません。何でもかんでも金額をその時の記憶やアバウトな思いこみ、間違い、場合によっては故意に数字を水増しするかもしれません。そうしていないと誰が判断できるのでしょう。

誤解を恐れずに言えば、被災者には善人もいればそうでない人もいる。賠償請求書で賠償請求する数字が客観的なものかどうか、それらを判断するには多少の細かい事も被災者にお願いせざるを得ない部分もあるかと思うのです。その上で、もちろんわかりやすい表現を使い最小限の分量にすべきだと思います。

もし領収書の添付を割愛などとなればどうなるでしょう。
たとえば被災者がその後の状況を把握するためにラジオを買ったとします。2800円でした。領収書をもらいませんでしたが、勘違い意図的を問わず3800円で請求することもありえます。またゼロを1つ多く請求することだってできます。なんでもできてしまうのです。
それとどういった支払いが賠償の対象になるのか。これを説明するだけでも相当の時間を要すはずです。それらが手引きの厚さの一因になっていると推測されます。

避難先で家族でお寿司やピザの出前を頼んだ領収書。これは賠償に入るのでしょうか。普通に考えれば否です。避難していてもしていなくても食事はするのですから。でもお寿司屋の領収書に被災者間の会合のための出前と書いたらどうでしょう。こういった細かい事も全て説明する必要があるはずなのです。

経産相のこれらの発言が、賠償請求の金額を算出する上で数字の客観性を失わせることにつながらないかが懸念されます。一つの案としては、希望者などに行政書士など外部の専門家などが被災者の賠償請求書の作成を代行させることです。これにより客観性を維持できるし、被災者の負担は減ります。賠償請求書の作成手数料は作成者が東電に請求する。東電にすれば別途コストがかかるように見えるものの、いちいち請求された書類を精査する必要性が減る。東電にも被災者にもメリットがあると思いますが。

中津川

この3連休の初日。中津川に鮎釣りに行きました。いつもはその近くの相模川です。しかし、台風の影響で相模川はダムの放水量が多く水かさが数メートルも上がりさらに大量の流水で鮎のえさとなる水垢が飛んでしまい場合によっては10月半ばの今シーズン終了までもう釣りはできない状況のようです。

その近くの中津川はダムからの放水量がそれほど多くなく何とか釣りができるという状況のようだったので、朝5時半に家を出ました。とはいえ中津川での単独の釣りは初めて。おとり屋さんがどこにあるかも知りません。漁協のHPで中津川近くのおとり屋さんの住所と電話番号をメモして出かけました。・・・しかし、ナビで電話番号や住所を入れても近隣の地域しか表示されず、川のそばをうろうろ30分ほど。何んとか苦労したもののおとり屋さんを発見。8時ちょい過ぎに竿を出すことができました。

もともと中津川は相模川より水はきれいですが、数釣りはできない印象でした。食べることを考えると鮎自体は圧倒的に中津川のほうがいいと思います。

そんなことで数は釣れないだろうなと思いおとりを3尾購入。最初の2時間半ほどは移動しながら釣るも全く釣れず。途中でおとり鮎を1尾逃がしてしまいあーあやっぱ駄目かなあ。と気落ちして一旦竿を収めて周りを見学。川の流れの強い「瀬」にある石には水垢が付いて鮎のはみ痕が見えます。ここは釣れるだろうと思い竿を1時間ほど出すも全くあたりなし。流れの緩やかな「トロ場」へ移動。少し様子をうかがっていると釣りあげた人が見えました。あれここは釣れるのかな?と思い、早めのお昼にしてその後このトロ場に行きました。このトロ場でその後4時ちょっとすぎまで。結果7尾の鮎をかけましたが、2尾取り込み失敗。でも5尾の中津川の鮎に巡り合えました。型は15センチ前後です。特に午後から風が強くなり、9.5メートルの竿を強風であおられながらの苦心の釣りでした。
取り込み失敗をしたうちの1尾はとても悔しい思いをしました。いま思い出しても、そのあたりは「ビクビク~」という感じで、うお~キター!!!という会心のあたり。竿を立てると強風にあおられ一旦顔を出したかかりあゆはおとりとともに再度水没。しかしまだ掛かっています。風にあおられるのに逆らうように渾身の力を入れて竿を立てるものの、掛かり鮎は風にあおられてタモを構えている反対側に飛んできました。あわててタモを反対側にさし出すものの空振り。一瞬のすきを突いてかかり鮎は川に戻って行きました。

がく~!!しかしその後も数匹がかかり結果的には満足でした。私としてはあの一番のあたりの鮎を何とか取り込みたかったですが、強風の中でも数匹つれたことで満足しました。

それと、今シーズン残り少ないですが、中津川の単独釣行にもメドがついたので、来年以降は相模川の高田橋、少し上流の葉山のほか、中津川と3か所での釣りを楽しめそうです。俄然鮎釣りが楽しくなってきました。



「頑張る」という言葉

いつかは忘れましたが、以前もこの言葉について書いた記憶があります。いつのころか、この頑張るという言葉が、あまりいい意味で取られなくなってきました。広辞苑をみると①我意を張り通す②どこまでも忍耐して努力するなどとあります。

これらの意味を踏まえてなのか、今回のような震災の被災者に対して、「頑張って」というべきではないという意見もあります。しかし・・・・被災地以外の我々のような人間は被災者の方々に対して気の毒だという感情と、何も力になれないけど、とかそういった複雑な感情があって、それらに対するいい言葉がみつからなくて「頑張って」と言っているのだと思うのです。そのような言葉に対して、「言うべきではない」などというのは言葉狩り以外の何物でもないと思います。

話は少し変わります。中学2年生の長男は品川区の野球チームを3月で辞めてしまいました。が学校の部活として野球部には所属しています。昨今の公立校にありがちなのか、その部活もはたから見ていて今一つ気合が入っていません。小学生時代に本人は半ば強制されながらも、親子ともどもあれだけ頑張って、その結果いい思い出もたくさんできました。それを思うと、部活の指導その他に不満がくすぶります。

特に長男の中学は本当に野球を徹底してやる子は、外部の硬式のなどのチームに行ってしまい部活としての野球はしません。結果戦力的にもいま一つとなり、指導する方も力が入らない、それを子供たちが感じてダラダラする、それをみてまた指導する方がやる気をなくす・・・・いわゆる悪循環です。

息子を含め野球部の同級生などの何人かは小学校時代からよく知っている子たちです。彼らは、当時私がコーチをしていたこともあり、中学の試合も見に来てほしいというそうです。そのことを聞いて息子と話しました。
「今の部活の状態を何となくみている限り見に行くつもりはないよ。君らは小学生時代最後の公式戦で負けた時みんな泣いていたよな?でも中学生になって今の状態でどんな大会に出たところで、負けたって泣けやしないぞ!だって家でバットひとつ振らず、全然「頑張って」いるようには見えないもんな。」
もし、中学校の今後の部活での試合で負けて泣けるようになるのならば、私はその試合が平日だろうが何とか時間を作って見に行くことでしょう。

今「頑張って」いないことを大人や環境のせいにしないで、まず自分たちがもっともっと努力してほしい。
試合前1,2週間には先生にお願いして朝練をするとか、水曜日部活が休みでも校庭などでランニングをするとか、そのように「頑張っている」姿を学校の部活の顧問の先生が見たら先生も変わるはず。まずは自分たちが頑張って努力を続ける。それを継続できれば、いつかは必ず来る「その時」には泣けるはずなんだけどな・・・・。近々秋の大会が始まるらしいけど、息子とその話をして少し経ちますが、あまり変わっている様子はありません・・・。このまま泣けずに中学の部活が終わってしまうのかな。

おやじとしてはちょっと残念です・・・。





頼りにならない?天気予報

今日お昼の午後1時現在、事務所から外をみると雲はありますがよく晴れています。朝から雨が降ることもなくこんな調子です。実は今日午前中、自宅周りのちょっとした工事をするため、朝から業者が入る予定になっていました。しかし、昨日業者から電話があり天気予報が雨なので、延期しましょうということになりました。
いやが応もありません。
工事自体は朝から、午後1,2時くらいには終わる予定でした。今日のこの天気だったらできたのになあとあてにならない天気予報にちょっと不満です。よくよく考えるとこういった工事業者などをはじめいくつかの業者は天気予報で仕事ができるかどうかの判断をしているはずで、天気予報を信じて仕事を休んだら雨が降らずに損害を受けることだってあるよな・・・・

誰に文句を言っていいのかよくわかりませんが、納得できないな。それにまた週末も雨だ。釣りは無理っぽいかな。こういうときは今度はきっと予報が当たるんだよな。なんか文章がtwitterみたいになってきましたね。(苦笑)
プロフィール

minato2009

Author:minato2009
・税理士石田和彦
・昭和39年(1964年)12月14日東京都北区生まれ
・1988年3月中央大学商学部経営学科卒業
・1989~1992年1月KPMGピートマーウイック国際税務事務所
・1992~1994年7月中央クーパース&ライブランド国際税務事務所
(現PWCプライスウオーターハウスクーパース)
・1995年PWC時代の友人公認会計士3人、税理士2人で港総合事務所を共同で主宰
・1999年5月同事務所内石田税務会計事務所を品川区大森駅近郊に移転
・趣味1 ジムでの水泳/冬場はちょっとお休みしてウオーキング
・趣味2 6月から9月までの鮎の友釣り,10月から1月までのカワハギ船でのカワハギ釣り,冬場のショウサイフグ釣りとその料理
・趣味3 クラッシックなカメラを集めていじること
・趣味4 オフロードバイクで林道ダート走行。
・酒味5 酒を飲むこと
・趣味6 ゴルフ(現在挫折闘病リハビリ中)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。